1949(昭和24)年、徳島県板野郡土成町で酪農家の次男として生まれました。土成町は、元総理大臣の故三木武夫氏(自民党)の生まれた町として知られています。 拾ったレーニンのバッチから、共産党に興味をもつようになりました! 高校卒業後(昭和44年)、大阪の運送会社に就職しました。そこで、ある日、偶然に落ちていたレーニンの顔が彫刻されたバッチを拾い、訳もわからずに胸につけていたら共産党員に呼び止められ、政治の話になりました。その人が偶然にも同じ徳島の出身だとわかり、すぐに友達になりました。そして、その人の勧めで「しんぶん赤旗」を読むようになったのです。以前から、労働組合とか農業問題に関心があったので、「しんぶん赤旗」を読むうちに、急速に共産党に興味を持つようになりました。 1972(昭和47)年、黒田革新政府実現に青春をささげ、日本共産党に入党しました! 1971(昭和46)年に、「戦う労働組合」として有名な全港湾沿岸南支部労働組合の副委員長に選ばれました。毎日組合活動に明け暮れる中、黒田革新政府実現に青春をささげる覚悟で、翌年、日本共産党に入党しました。 共産党の専従になり、柏原に住むようになりました! 1974(昭和49)年、会社を退職して日本共産党の専従「しんぶん赤旗」の柏原出張所の責任者になりました。その年の秋には結婚もしました。毎朝3時に起きて7時まで「しんぶん赤旗」を配り、昼まで休むというような生活が12年間続きました。この12年間の中で、私は、柏原の自然の美しさと冬の寒さに耐えることを学びました。 |