2003年3月 定例議会


日本共産党柏原市会議員団

あらふじ 光子


 

◆10番(荒藤光子君)

 

 10番議席の荒藤光子でございます。私は、日本共産党柏原市会議員団を代表いたしまして、山西市長の市政運営方針に対しての質問をいたします。議員の皆様には、しばらくの間のご清聴を心からお願いいたします。
 

 今、戦争か平和かをめぐる緊迫した局面が続いています。国連の大多数の国々が、「イラクへの査察を継続し、平和解決を」と求めています。「戦争反対」「ブッシュをとめろ」と、2月15日には、世界の600都市で1,000万人という、地球を一周した史上空前の規模で立ち上がった人々の声と行動がアメリカに突きつけられました。ピープルズパワーが歴史を動かそうとしています。その後も、世界じゅうで「イラク攻撃反対」「戦争ストップ」と平和を願う草の根の行動が続いています。私ども日本共産党は、イラク攻撃に反対をしています。査察を継続・強化すれば、国連のルールによる平和解決は可能です。イラク戦争反対の世論を草の根から広げるために、引き続き平和を願う多くの人々とともに全力を尽くす決意であります。
 
 さて、小泉内閣がこの2年間にやってきたことはと言えば、懸命に頑張っている企業を「不良債権処理」の名でつぶし、倒産と失業を激増させました。そして、医療・年金・介護・雇用保険など社会保障の改悪に次ぐ改悪で、国民に負担増と給付削減を押しつけ、今後さらに、健康保険本人3割負担など、増税と合わせると4兆円もの負担増が強行されようとしております。
 
 一方で、自治体に対して政府は、国の財政危機を口実に、自治体による暮らしや福祉の上乗せ措置を押さえつけ、市町村合併の押しつけや地方財源の切り捨てを進めようとしています。そのような中で、今、全国で暮らしや福祉を守るという自治体本来の姿を取り戻そうという新しい流れも広がっております。長野県の田中康夫知事は、「脱ダム」をきっぱり宣言し、森林を守り、公共事業を大幅に削り、その財源を福祉の充実に回し、少人数学級の実施や中小業者への融資の大幅な充実、臨時雇用を創出する対策に、地域振興にと力を注ぎ、そして公共事業を一層生活密着型に切りかえるなど、長野県政改革の流れがさらに大きく前進しています。
 
 全国各地で、住民の立場に立つ自治体の流れが広がっています。財政が困難な中でも、むだ遣いをやめて、その財源を使って福祉や暮らしを守る施策充実にと、確実に前進しています。予算の使い方を工夫して、国保税の引き下げや在宅介護利用料の減額制度をつくった秋田県の湯沢市などです。また、乳幼児の医療費無料化についても、国の制度化が実現していない中でも、全国では、小学校入学まで無料の市町村が900を超え、小学校卒業まで無料や中学校卒業まで無料の市町村もふえ、高校卒業まで無料という町もあるなど、前進しています。暮らしのための施策を実行するための財源は、その気になればつくれることは、各地の経験が示しています。そのような自治体らしい自治体を取り戻そうと、全国各地で実践されております。
 
 そのように、全国の自治体で懸命に取り組まれている中で、山西市長の市政運営方針はどうでしょうか。全国の自治体で取り組まれている新しい流れとは、大きく違っています。本来、こんなに不況が深刻なときこそ、産業問題はもっと大きく取り上げるべきであります。市政運営の大きな柱に据えるべきであります。以前から提案をしております道の駅を思い切ってつくるなど、農業を育成し、産業を豊かにするという、柏原の気候風土を生かした産業政策が求められています。柏原にある貴重な文化や伝統の技術を大切にして、20年、50年先にも残していく、伝えていくということが大切であります。財政があるかないかで市政を運営していくだけでは、できることが限られています。従来の枠を超えた大きな発想の転換が必要であります。
 
 ここであえて財政見通しについて言うならば、市政運営方針では、「地方財政計画規模につきましては、86兆2,107億円で、前年度当初比マイナス1.5%、そのうち地方交付税は18兆693億円、7.5%の3年連続のマイナスとなるなど、大変厳しい財政計画となっております」とありますが、政府の2003年度の地方財政対策を見てみますと、地方交付税を初め、地方自治体全体での必要な財源措置の基本が示されておりまして、それによれば、地方交付税と臨時財政対策債を合わせた額は23兆9,400億円で、前年度(2002年度)と比べて1兆1,700億円のプラスになっています。重要なことは、地方交付税の振替制度である臨時財政対策債が2兆6,400億円のプラスになっているということは何ら明記されていません。臨時財政対策債がプラスになるということを意図的に無視したのか、名目上の地方交付税額だけを取り上げて、地方交付税が大幅に減って、財政運営が厳しくなるなどと述べているのは、大きなごまかしであります。プラスになる要素を除外して、マイナスの要素だけを強調し、大変厳しい財政計画になると言い、その一方で、柏原市は、住民に対して水道料金の値上げや市立柏原病院の差額ベッド代の値上げなど、住民の負担をふやそうとしています。認めることのできない内容であります。
 
 それでは、具体的に、市長に通告順に沿って質問をさせていただきます。
 
 まず最初は、長引く不況のもとで、住民の暮らしや営業を応援する上での地域経済活性化策及び産業政策などの考えについて伺いたいと思います。
 
 市長の市政運営方針の中で、「長引く不況からの出口が見えない現状となっております」と書かれておりますが、そのような深刻な状況の中で、住民の暮らしをどのようにして守っていくのか、本来ならば、市の行政の一番中心の大きな柱に据えられるべき重要な問題であります。ところが、不況の中での住民の暮らしを守るためにどういう構えでいるのか、市長の腹の据わりが見えてまいりません。
 
 私は、ここで、どうしても紹介せずにはいられない自治体があります。典型的な中山間条件で不利地域にあっても、将来への展望を失わず頑張っている村として、財政が窮屈になればなるほど、住民との協働で、住民サービスだけは決して落とさないようにと頑張っている長野県栄村の実践を、少し長くなりますが、紹介させていただきます。
 
 まず、栄村はいかにして地域経済を活性化させてきたかということです。北海道ニセコ町長や福島県矢祭町の町長などとともに、高橋彦芳村長が、先月、「小さくても輝く自治体フォーラム」開催を呼びかけてマスコミでも話題になりましたが、その開催地になった村です。栄え村は、国内有数の豪雪地帯にある人口約2,600人の農山村です。面積は柏原市の11倍とかなり大きな村ですが、9割は山林で占められ、田畑も非常に狭く、水田が傾斜地に展開しています。ここに31の集落があります。この村で1988年に高橋村政が誕生して以来、大変注目される地域づくりが展開されてきました。
 
 その特徴として、第1に、村の個性というものをしっかりと把握して地域づくりが行われていることです。できるだけ外部に頼らずに地域の産業をつくろうという行政姿勢がとられています。そうすると、村にあるのは、大自然とさまざまな農林資源、それから非常に高齢化が進んでいるけれども、これは逆に言えば、さまざまな技能や技術、ノウハウが蓄積されているということでした。そうした物的資源、人的資源を有効に活用することが追求されてきました。
 
 栄村の2つ目の実践は、農業を中心とした村づくりです。例えば「田直し事業」は、その名のとおり、生産性を上げるために田んぼを整備する事業ですが、国の基準に合うような大規模圃場整備事業では、国の補助があっても、高齢化が進んだ村民は、費用を負担できないし、村の財政もパンクしてしまいます。そこで知恵を絞って、村の単独事業として、小規模でも可能で、しかも単価が安い圃場整備事業を工夫し、実現をしています。国の基準では1反当たり200万円になることもある事業を、村の職員と農家や建設関係者の3者が現場で打ち合わせながら手づくりで事業を進め、1反当たり40万円以下に抑えています。そうすると、国の補助事業でやるより、村も農家もより少ない負担で済むのです。また、工事費は、村の建設業者に還流するというメリットもあります。しかも、村が補助を行い、農家の費用負担を1年据置きで5年償還にしておりますから、高齢者の方も安心して投資できるようになっています。村民にも大変喜ばれています。
 
 栄村の3つ目の実践は、高齢者が多いことから、できるだけ腰に負担がかからない軽量野菜やキノコ類の栽培を促進し、雑穀生産にも力を入れ、首都圏のアトピー性皮膚炎の子どもを持った母親の会と連携して、産直が取り組まれています。お母さん方にも喜ばれ、農家にとっても有利な条件の生産となっています。
 
 そのほかに、栄村の大きな特徴は、産業構造が過度に建設業依存になっていないということです。村の財政支出が農家の生産活動に利益をもたらすような形で、いろいろな工夫がなされているのです。この結果、高橋村政の前は長野県平均を下回っていた村の農家1戸当たりの農業粗生産額は、その後、県平均を上回るようになっております。
 
 さらに、村政として100%出資の振興公社で、地域産業ネットワークづくりにも取り組まれています。例えば個人商店の地域での役割に注目し、商店は単に物を売る商行為だけではなく、集落のコミュニティ活動の中心として、またおじいちゃん、おばあちゃんの健康状態や生活実態を地域として把握する場にもなっており、お隣の新潟県の町に行けばディスカウントショップがあるのですが、あえてそこで安い物を買わずに、村の個人商店から定価で仕入れるようになっています。
 
 また、下水道の整備は、人口が集中した1地区を除き、すべて合併浄化槽方式です。その合併浄化槽も、建設と維持管理を村内の11の関連業者が集まってつくった会社に請け負ってもらい、できるだけ地域内で財政支出を行い、地域内でお金が回っていくようにすることが、村の施策に貫かれています。
 
 そしてもう一つ、栄村は、高齢者が地域づくりの中心に座っているということであります。高齢者率が4割に達しているもとで、高齢者が元気に生活できるようにすることが、村づくりの中にしっかりと意識されています。福祉面でのユニークな試みの一つは、「下駄ばきヘルパー」制度です。これは、村で援助して、村民の中に多くの介護ヘルパーを養成し、すぐ近くで必要なときに駆けつけられるようにする仕組みですが、6ヵ月も雪に閉じ込められ、福祉施設に行くのも困難な村で、二、三の集落ごとに雪を克服するという生活圏を設定し、その集落に住むヘルパーが、仕事の行き帰りを含めて高齢者の生活を支えるという仕組みです。今、この「下駄ばきヘルパー」は、9つの克雪生活圏の合計で120人近くに達しています。
 
 一方、今、地域経済に占める年金経済の役割が注目をされております。高齢化率の高い自治体ほど、年金が地域経済に占める比率が高くなっていますが、栄村の場合、年金総額は年間約10億円と推定されていますが、これは村の小売業の総販売額12億円にも匹敵する金額です。高齢者を地域づくりの中心に置いて、一人一人が元気に輝いて暮らしていけるための地域づくりをしていることもあり、村の1人当たり老人医療費は、全国で最も低い長野県の中でも、県平均をさらに下回るというおまけがついてきています。
 
 このように、栄村の実践は、産業政策と福祉政策などが縦割りでばらばらに行われることなく、村全体を視野に置いて、産業活動と生活活動、あるいは福祉や環境形成が一体のものとして統合化されて運営されています。住民参加を基礎にした透明度の高い施策の具体化と村づくりがしっかりと行われております。
 
 こうした住民自治の実践は、2,600人という小規模自治体だからこそ効果的になし遂げられたというだけのことではなく、8万の人口の柏原市にとっても、大変参考にすべき実践だと思われましたので、少し長くなりましたが、紹介させていただきました。
 
 今、栄村だけではなく、財政が困難な中でも、住民と力を合わせ、地域経済を活性化させるための取り組みや産業振興が進んでいます。それと同時に、むだ遣いをやめ、暮らしや福祉を守る施策が確実に進んでいます。自治体本来の姿を取り戻そうという自治体の流れが広がっていますが、山西市長の地域経済活性化と産業振興に対する考えを伺います。
 
 2つ目は、年老いても、病気になっても、この柏原市で安心して住み続けることができるまちづくりの点についての市長の考えを伺います。
 
 3つ目は、住民と一緒のまちづくりということで、今、住民が自主的に活動し、地域の特性を生かした地域づくり、住民参加のまちづくりが求められておりますが、住民と一緒のまちづくりを進める考えについて伺います。
 
 最後に、柏原の公立図書館行政の現状について伺います。蔵書冊数、開架冊数、職員数、図書司書の人数、年間開館日数及び図書館の延べ床面積等を伺います。
 
 以上で、山西市長の市政運営方針に対する1回目の質問を終わります。ご清聴ありがとうございました。
 

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◆18番(桝谷政則君) 2

 

 それでは、再質問をさせていただきます。
 

 まず最初は、安心して歩けるまちづくりについてであります。最初の質問でも申し上げましたが、現在、柏原市も交通バリアフリーの基本構想というのをつくりました。この基本計画についてこれから具体化に入っていくわけでありますけれども、ご答弁をいただいた内容については、私もよく承知をいたしております。今、そういう答弁にあったような事業を進めていくということとあわせて、この計画の中でも、相当たくさんの方々で計画されているエリア内をウォッチングされて歩かれております。そういう中で、やはり具体的な一つ一つの指摘、ここは危険だというようなところが指摘をされているわけです。私は、そういう指摘されたポイントに特に重点を置いて取り組んでいかなければならないところも、ご答弁のあったそういう事業とあわせて強化をして取り組む必要があるんじゃないかという考えを持っております。
 

 例えば緊急度という点で申しますと、私どもがかねてより取り上げております国豊橋の北詰めからJR高井田駅にかけての歩道ですね、非常に危ない。私も何度も通りますけれども、これは早急に何とかしなければならん課題だと思いますね。大阪府に要望するなりして具体的な対策を講じなければならんと思います。
 

 また、国道25号線関係、国分の駅前関係でも、非常に基本計画の中でも指摘をされた箇所があります。私も写真を持ってまいりましたけれども、これ(写真を示す)は国分本町方面から高井田駅の方へ、今は通勤者が非常にたくさん歩行されておりまして、朝夕などは非常に込み合いますけれども、この幅は1.5メートルほどであります。これも、この計画の中のウォッチングの中で指摘をされている場所であります。これは駅前再開発で既に整備が終わったとされているところなんですね。終わっているじゃないかという場所なんだけれども、もう一度見直してもらわなければならんとウォッチングで指摘されている場所であります。また、その反対側ですね、これ(写真を示す)はジョイフル国分の前のお客さんが本当に行き交う場所ですけれども、最近は自転車の整理もされて通りやすくなっているようですけれども、買い物客が卵を買ってきて帰ろうと思っていたら、後ろから自転車でパチンと当てられて砕けてしまったというようなことが頻繁に起こっているようであります。
 

 私は、こういう一つ一つの問題も、これで言えば、国土交通省の方へ要望していくということになるわけですけれども、強化をお願いをしたいなと思っております。
 

 それから、私どもも、安心して歩けるまちをスローガンに掲げて、歩道の設置の問題、また障害者に優しい福祉のまちづくりの問題、過去いろいろと、言葉や提起の仕方は違っても、ずっと同じ観点の問題を取り上げてきました。最近では、バリアフリーのまちづくりということで議会でも提案をしてきたわけですけれども、私も国分の駅前におりまして、先ほどご答弁があったような国道25号線、165号線の実態については非常に危険だということで、繰り返し歩道の設置を要望しておりましたけれども、20年ほど前というのは、やはり国の道路行政は、高速道路や幹線道路対策が中心なんですね。で、何度も私も挫折するというんですか、あきらめかけるというようなこともあったわけですけれども、やっぱり車から人への対応に移していくと。現在では、バリアフリー法ができるなどして、バリアフリーという精神が非常に定着をしてきていると思います。こういう計画もつくって、できるのだろうかということはありましょうけれども、やはり目標を高く、志を高く言い続けていく、言い続けていくということが、私は非常に大事だと思います。必ずそれは開けるものだというのを、国道25号線や165号線の取り組みの中で、また国豊橋かけかえの事業の中で思ったものであります。
 

 こういう計画もできている、バリアフリーの精神が本当に行き渡ってきている、国も府も挙げてこういうものに取り組むようになってきている。ですから、これからは、私は、できている内容、今危ないという、こういう安心をして歩ける町をつくっていくんだという点では、今までと違って、10年や15年かかるということじゃなしに、テンポを速めていただいて実現していく、こういう方向でぜひ取り組んでいただきたいと考えております。その点はひとつよろしくお願いをしたいと思っております。
 

 それからもう一つ、今、緊急に対応をしていただきたい問題のポイントがあります。それは、去る5月25日に、JR柏原駅の西一番踏切で、踏切を渡り切れなかった75歳の女性が電車にはねられるという事故がありました。新聞各紙でも何回にもわたって問題視してこれを取り上げてきているわけで、もう皆さんも多分ご存じだろうと思うんです、内容については。私ども議員団も、早速30日に現地調査をし、JR西日本大阪支社、それから国土交通省の近畿運輸局鉄道部に申し入れをして交渉をいたしました。
 

 また、1989年(平成元年)8月には、私どもの議員団の団長、亡くなりましたが、北野勝美名でJR西日本に要望書を提出いたしております。こういう取り組みもしてきているわけでありますけれども、残念ながら人命が失われるという事故が起こってしまいました。私どもは、これは柏原市としても、JRなど関係機関へ要請して、踏切の改良を、今これは重点を置いて求めていくべきだろうというふうに考えています。
 

 我々の改良の問題として、これは何度も何度も調査をして、ほぼ状況は掌握をしているつもりで、大分調査をさせていただきました。その中で、どうするのか、どうするのか、だめじゃないか、だめじゃないかと言っているだけではいけないので、私らとしても具体的な提案をさせていただきたいと思っています。一つの問題は、踏切の中へ入った人に対する検知センサー、この精度を強化していくことや、考えてみたら、具体的なきめ細かい改善点は、やろうと思えばいろいろあると思うんです。それはそれとして、きょうはずばり提案をさせていただきたいんですけれども、あの踏切は21メートルから23メートルあると言われています。問題は、この踏切の長さを縮めるという抜本策を講じることが大事だというふうに思っています。そのため、私は、JRにも要請をして、鉄道軌道を上り下り各1線にして、計2線にするという提案を行いたいわけであります。
 

 きょうは、わかりやすくパネルを持ってきましたので、説明したいんでありますけれども、これは(パネルを示す)柏原市駅前の構内ですけれども、こちらの方に一番踏切というのがあるんですけれども、こっちは通称2段踏切と言われているところですね。で、私たち、JR柏原駅の駅長さんにも伺って聞き取りをしてきたわけですけれども、現在快速は1時間にほぼ6本程度通過すると言われています。普通は、1番のここへ普通電車がとまって、2番は上りというんですか、天王寺方面へ行くのは、2番は全部快速が走るという形になっているわけです。普通車はこちら(1番)、快速はこちら(2番)という形になっているんです。この場合でも、駅長さんの話を聞きますと、ここへ普通車がとまって快速が追い越すケースは、平日のデイタイムではほとんどないと。ないんです。今はほとんど久宝寺でその追い抜き行為をやります。まあ、接続ですね、久宝寺で全部接続されております。平日では、朝の7時から8時半ごろはあるということですね。
 

 それで、3番線というのがあるんですけれども、これは待機線になってます。ここも、先に申しますと、奈良行きの方は、普通電車も快速も全部4番を使います。3番は、待機線と言われて、いわゆる柏原発の天王寺行きの電車が出ますけれども、平日8時台で3本、22時台で1本、土・日では22時台に1本、ここを使うだけなんです。そういうことを考えるならば、具体的に相談をして、もう2線は必要ないじゃないか、要らないじゃないかと。こういうことは、交渉をしていけば可能なんですね。
 

 どんどんどんどん快速は通っていくわけで、それはいわば、私は道路の問題でもかつて、国道25号線や国道165号線は奈良と大阪への通過交通だと言って指摘したことがありますけれども、この線は昔、貨物船が入るためにこういう4線になったんですね。その名残を残して4線になっているわけですけれども、志紀でも八尾でも2線です。2線です。そういうことを考えたら、全部接続は久宝寺でやっていただいて、2線に改良できる可能性もあるんじゃないか。そうすれば、あそこの踏切のところが半分ぐらいに距離が縮まる、踏切が短くなっていくというふうに思うんですけれども、こういうような観点でJRと関係機関に働きかけるお考えはないか、伺います。
 

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◆18番(桝谷政則君) 3

 

 私が今申し上げましたけれども、これは柏原の踏切で命が失われたということで、こういう点から言えば、今提示した案でJRと交渉して、JR、おまえたちはどうする気なんだということで交渉して、それでだめだというんだったら、4本残すんだったら快速をとめろということで交渉したらいいわけです。これは戦略、戦術というものです。そうじゃないですか。そういう交渉のテクニックから言っても、私はやっぱり大事なことがあると思うんですね。
 

 この問題は、やっぱり一人の、一つの命が失われたということなんですよ。やっぱり私は、すぐ解決が求められているというふうに思いますよ。よくこういうふうに市民の方々でも一般的に言われるんですけれども、大きな事件や命が失われるようなことがないと、道路行政であったり、いろんなことがなかなか直らないんだというふうに言われますけれども、そこで一人の命が失われるということは、それまでにたくさんの危ないことがあったということを意味しているんですよ。本当に一つの命が失われたということで、市民の安全第一ということをやっぱり第一義に位置づけて取り組まなければならんのじゃないかなというふうに私は思うんです。
 

 今、駅舎の関係や自由通路等の関係の問題も市の方はおっしゃっているわけですけれども、この踏切は地元商店街にとっても生命線でありまして、仮に駅舎の横につく自由通路ができたとしても、また大県本郷線がアンダーになって通行ができるようになったとしても、この踏切は閉められないんですね。商業、商店の活性化という点でも、非常に大事な生命線ともなるような踏切なんです。だとしたら、安全に改良してうまく使っていく。また、いろんな形で改良した場合は、ここを閉めないで、人が通るだけのスロープ式の地下道をつくって、通行を安全にしていくということもできるんですね。
 

 それで、市長に伺いたいんですけれども、平成10年6月18日には、駅前の今町商店街から市長へ要望書が出ているわけであります。多分記憶をされていると思うんですけれども、商店の方々は、この踏切を何とかしてほしい、こういう思いで要望されているわけですけれども、既に平成10年からのことであります。市長としては、具体的にその商店街の皆さん方の要望にどうこたえていかれようとしているのか、伺います。
 

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◆18番(桝谷政則君) 4

 

 私どもは、待避線の問題だけじゃなしに、2線にしたらどうかということを提案させてもらっています。これは、一つはやはり命が失われたというその重みですね、そこからもう今すぐにやるべきだと。5年や10年、ほかの事業が進んだとしても、後へ送れる問題ではないという位置づけをしています。
 

 2つ目は、先ほども申しましたように、やはり商店の皆さん方の要望に沿う地域活性化という点では、この改良は避けて通れない、こういう思いをいたしております。
 

 私は、具体の問題は結果としてどうなるかわかりませんけれども、冒頭に申しましたように、求めて、求めて、やはりJRなり、そうした機関に要望し続ける、そして、これをぜひ何としても切り開いていただきたい。私どもも、これについては引き続き具体的な対策を講じながら取り組んでいきたいというふうに考えておりますので、今の市長の答弁では、私はその答えになっていないと思います。これは、ぜひ前向きな形で改善の方へ取り組んでいただくことをお願いをしておきます。
 

 それから、3番目のダイオキシン等環境汚染の問題について伺います。ダイオキシン類対策特別措置法の関係では、基準が、ご答弁にもありましたように5ナノグラムになってきています。私どもは、かつて委員会主催で摂南大学の宮田教授を招いて勉強会をやったころから、ここの工場の施設についても問題があるんじゃないかなあというふうに思っていました。で、実際に法に基づいて排出ガスの測定値が出て、府にその報告があったデータを見た場合でも、平成12年10月13日が6.0ナノグラム,平成12年10月25日が12ナノグラム、平成12年11月28日が0.63、平成13年11月19日が9.4ナノグラム、平成13年11月20日が6.0と、平成12年11月28日だけを除いて、すべて基準値を超えています。5ナノグラムという基準を超えています。
 

 平成14年の測定値は若干下がったというふうにご答弁をいただいていますが、私どもも、府との関係でそれは承知しております。私どもは、この工場が昭和49年ごろから営業を開始して以来、ずうっとこのような状態が続いていただろうというふうに見ているわけです。
 

 今、この工場では、熱源が重油だったところを、廃タイヤに切りかえていくという計画が進められています。で、地元説明にも入っておられます。私どもも、府へも調査の要請に伺ってきたわけですけれども、今までほぼ28年間、ダイオキシン等何が出ていたかわからないわけですけれども、放出されていて、住民の皆さんは大変なご迷惑や被害をこうむっていたわけです。で、府にも強く申したわけでありますけれども、企業から計画が出てきて、仕方がないからその案に飛びつくというのでは、余りにも府のイニシアチブがないではないか。府としてこういうダイオキシン汚染等をどう考えているのかをまず示さなきゃならないだろう、この廃タイヤの計画というのは住民感情を逆なでするようなものになってますよと、こう強く申し上げました。
 

 私どもは、企業活動を阻止しようとかということを考えているんではないんです。企業としての社会や地域への最低限のモラルを守ってほしい、こういう観点から考えているわけで、かつて起こりましたジオキサン汚染についても、2002年5月22日に、何らかの事故で、雨水管だけの分でも2.6キロリットルというジオキサンが流出しているんですね。私は、このアルミニウム処理のN社にしても、廃タイヤ計画の前に、地域に迷惑をかけないという企業モラルの確立の問題が問われていると思います。
 

 私は、この工場のことももう少し調べてみたわけでありますが、ただアルミニウムの再生ということなんですけれども、ただいま部長がご答弁いただいた内容で言いますと、日本で考えられる缶ビールのアルミニウムを持ってきて、それを溶解させてインゴットにしてるんじゃないかというような発想があるんですけれども、ここは、ほとんどすべての原料は東南アジアから輸入しています。東南アジアから入ってます。ですから、もっと何が入っているかわからない。先ほどプラスチックだとか言われたけれども、何が入っているかわからない。だから、発生しているのはダイオキシンだけではない、まさに何が発生しているかわからないという状態なんですね。
 

 特に私が調べましたら、昭和62年6月に、この工場で爆発事故が発生しています。で、従業員が重症になって救急車で運ばれた。原料のアルミニウム等を溶かそうとされている中に爆薬が入っていて、爆発したということです。こういうことは、市は知っていたんですか。
 

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◆18番(桝谷政則君) 5

 

 私も最近これを知ったわけですけれども、あったということを知っていて、そういう問題について対処をしたり、どういうふうに考えられていたのかなあというふうに、私はちょっと疑いますね。
 

 聞くところによると、原料を入れる工場だから、どんどんどんどん入れていくわけですけれども、東南アジア方面から入ってくる原材料は、周囲こそアルミニウムに囲まれていますけれども、選別しますと、爆弾の薬きょうがごろごろ出てくるというんですね。薬きょうもアルミニウムらしいですね。それが混入していて、要はその薬きょうが爆発したということなんですよ。選別できたらいいけれども、ほとんどこういうブルでほうり込んでいくということがあって、今も基本的には変わっていないんです。
 

 私は、この問題は、公害防止やダイオキシン法という環境問題の範疇から外れてくると思うんです。環境問題じゃないですよ、これは。爆薬の問題というのは、爆発物の取り締まり罰則という方に関係するんじゃないですか。これは、輸入の規制の状況もこの中には入ってます。市民の安全にとって非常に重大な脅威になるんじゃないですか。周辺には工場もある、住宅もある、こういう中で爆発事故が工場の中に起こる。いまだそのシステムは改善されていない。こうなったとき、市民の安全というこの観点で、これはどうなるんですか。市民の安全という点で、総務部長、どうお考えですか。
 

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◆18番(桝谷政則君) 6

 

 私は、環境問題としての対処も非常に重大な施設だと思っていますけれども、市民の安全という点で、爆発物が混入されて爆発する、こういう問題については、今申し上げた爆発物関係の法令だけじゃなしに、消防法だとかいろんな問題の法令にもこれは関係してくると思うんですね。で、関係機関も広がってくる可能性がある。それで、市長にお願いしたいんですけれども、法令等をよく調べた上で、この問題については対処をしていただけますでしょうか

 

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◆18番(桝谷政則君) 7

 

 2回も本会議で取り上げたので、せめて共産党は何を考えているかなというので、ちょっとは言わんとしていることを、ここはもう短い時間なので、ほとんど言いたいことを言えない、言いたいことの半分も言えないんですけれども、読んでくれたかなあと思って期待してたんですけれども。市長は多分読んでくれたと思うんですけれども、僕の感想は、ホームページの「私の散歩道」に入れておきましたので、また読んでいただけたらと思いますが、せっかくなので、中身をやっぱり読んでほしいなあと。中身は、一口ではなかなか言えないんですね。
 

 ここは、こう言っているんですよ。病院はつぶれかけていた。26年間、諏訪中央病院は累積赤字が当時で4億円、いつつぶれてもおかしくない病院だった。夜の7時半ごろ、初めて赴任のために茅野の駅におりると、駅前の明かりは何もなく、カレーホールという食堂が1軒だけ電気がともっていた。えらいところに来たなあと思った。タクシーに乗り「諏訪中央病院へ」と言ったら、運転手がけげんな顔をして、「聞いたことないなあ」と。「お客さん、諏訪というんだから、上諏訪駅でおりなくちゃあいけなかったんじゃないか。間違いじゃないか」と言われたと。タクシーの運転手さんも知らない、患者の来ない病院だったと、こう言っているんですね。
 

 それから、その中で、地域へ出ていったと。地域へ保健婦さんと一緒に年間80回、夜、公民館で、野沢菜など塩分の多い食生活の改善の指導などに出かけていって、また地域から学ぶところがあったということで、そこから始まったんだというふうに書いてます。
 

 それで、生きるか死ぬかのときにやっぱり頼りになる病院ということで、新しい治療法も相当導入したと。消化器内科でカメラで胃がんを切除する、内視鏡の先端でがんを切除する細川ナイフというのは、ここの医師の考案なんですね、細川医師という方ですけれども。心臓外科で心臓をとめて手術するノンローラー型の人工心肺、これもここで開発したというふうに言っています。
 

 これにも書いているんですけれども、助からないときは悲しいけれども、最後まで温かく見てもらいたいと。夜中まで先生が家まで来てくれると安心する。多くの人は、普通の病気にかかったとき、丁寧に親切に説明してもらいたいと思っている。できたら生活指導までしてもらいたい。なおかつ、救急医療や高度医療が充実してほしい。あの病院へ行けば助かるということが重要だと思うというふうに書いています。
 

 何を言うてるんやというふうに聞いておられるかもわからんのですけれども、また、患者さんへのケアの問題でも、ちょっと簡略して言うと、大腸検査のときに、おなかに空気を入れて痛がっている患者がいて、看護婦さんが背中をさすってくれて、余りの痛さにどなってとめようかと思っていたときに、患者さんの好きな北島三郎の曲が流れてきたと。何で看護婦さんが自分の一番好きな北島三郎の歌を知っていたんだということで、しかし、それで無事に終わったということやとか、そのときに、紙パンツを買ってきて、後ろにはさみで穴をあけて、後ろの穴あきパンツというんですか、これを初めて使ったというんですね。患者さんが、これもまた非常に喜んだというんです。今までは、もうすっぽんぽんでやられていた。しかし、前を隠してしてもらえる。それはその後、カネボウサイエンスから内視鏡・注腸検査用穴あきトランクスとして現在発売されている。これは特許も何も申請していない。こういうふうな話もありまして、いろいろいろいろ、特に末期がんの緩和ケアの話がこれでもか、これでもかというふうに、末期の患者さんに対するケア、心のケアですね、そういう話がずっと出てくるんですね。
 

 こういう苦労をして、結果としては、治って退院するまで40日ぐらいかかっていたものが、早い人は1週間で社会復帰し、平均在院日数は2週間以内になった。で、新しい治療法をいち早く導入して、救命率を上げて、痛くない方法で早く治し、医療費が少しでも安く済むように心がけてきたと。結果、20数年ほど、30年ほどたって、ここは見事、黒字の病院になったんです。今は全国でも非常に有名な、どうしたんだと、私どもも視察の依頼をして視察させていただきたいと言ったら、いや、もう満員でお断りします、ちょっと無理なんです、殺到して医療ができないんですと、こういう状態になっています。
 

 私は、この医療費の問題をとっても、自民党政府の方は、健康保険による医療費負担を増大させて、できるだけ病院へ行かないようにして医療費を減らさせようという方法をとっているんですね。これは間違いなんです。命と健康を守る健康保険であり、医療制度なんです。ここは、一生懸命患者のために、患者のために、どうしたらいいだろうか、どうしたいいだろうかで一生懸命やってきて、その結果、黒字になって、全国でも有名になって、それがまた話題を呼んで、全国から患者が殺到する。末期がんの人がここでケアをしていただきたいということでやってくる、こんな状態になってきています。私は、政府がやろうとしている方法とは全く違う形で、見事に解決した例だろうと思うんです。
 

 それで、私は、柏原市の病院の場合はどうだろうかというふうに比べてみたんですね。私は22年ほど議員をやってまして、ずっと柏原病院の運営、経営については、中に入ってまでは見てませんけれども、議会人として見てきたつもりです。それで、最初の時期からずっと柏原病院の経営方針の中で言われているのは、鹿児島の、公立病院にもかかわらず黒字だと、ここの病院の経験を学んで、いかに黒字を計上するかということに一生懸命になってこられたと思うんです。
 

 当時、私も、ある時期でしたか、委員会で、看護婦さんや職員さんの人数の問題を、いろんな他市との比較との関係で、ちょっと柏原病院は少ないんじゃないかということで指摘させていただいたことがあるんですが、今も忘れもできない、田中助役が当時答弁に立っていただいて、それこそが柏原の特徴なんです、少ない人数で経営効率を上げていく、黒字をつくっていく、これこそがということで力説されたので、私はもう後、言葉が出なくて、それ以後、この病院の問題の話はかなり消極的になったというほど打撃的な答弁があったわけですけれども、やっぱり今大事なのは、経営が黒字になることありき、何とか黒字にしていこう、黒字にしていこう、黒字にしていこう、それで結局、20年、何十年とたった中で、今、柏原の病院の経営はどうですか。非常にひどい赤字に転落して、10億ほどの赤字が出て、一般会計から6億円ほどの補てんをしなければならんというような事態になっているわけでしょう。片や一方は、赤字のところから、患者のための医療、人のための医療ということで一生懸命やってきて、この2つの違いというんですか、歴然としてあらわれていると思うんですね。
 

 ですから、今、本当に柏原病院を切りかえていくとすれば、そうした実例に基づいて、やはりいいところは学びながら、しかし−−言わんとすることはわかっていただけますかね。その大きな切りかえ−−先ほど、具体的ないろんな患者の待ち時間の問題とか、いろいろ言われました。私らは、そういう細かいことはわからないし、そこまで介入しようとは思いません。もう先生方に任すし、病院の方々の任す。しかし、基本的な考え方のどういう病院でありたいかというポリシー、そこのところの転換をしないと、僕はもう柏原病院は、やはり先ほど申しましたように、瀬戸際に立っていると思います。
 

 えらそうなことを言いましたけれども、私も最近、発見されたらもう末期がんで、手の施しようがなかったというケースで、大切な人を失いました。幾ら「がんばらない」を読んでいたって、何にもできませんでした。やっぱりそういう切りかえをしないと、瀬戸際に病院は立っているんじゃないか。今の状態で言えば、もう病院をつぶしてしまおうかとか、そんなところへ行きかねないでしょう。私は、そうならないように、私らにも責任があります。市民の皆さんに責任があります。財政にも責任があります。そういう観点でぜひ切りかえを、市長を先頭に理事者の方々も含めて、そういう大きな観点での見直しをひとつやっていただきたいなということを、はばかりながら提言をさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 

 続きまして、IT化と教育行政の問題についてであります。IT、ITと言われて、いわゆるパーソナルコンピューター、パソコンの技術革新の普及が進んできているわけですけれども、これによって効果が上がったことがあると言われているんですね。これは、ありとあらゆる情報が瞬時に得られるということが一つです。もう一つは、ネットワークの発達で、だれとでも、言語さえ合えば、インターネットという形で交流ができるんですね。これは非常に発達した、効果の上がったところだというふうに言われています。
 

 しかし、一方では、政府の後押しもあって、社会生活のありとあらゆる分野にIT産業が入り込んできています。地方自治体でも、国からの画一的な推進もあって、導入に拍車がかかってきています。これも先ほどご答弁いただいたように、教育界でも同じような形です。しかし、自治体の問題でも、住民基本台帳ネットワークシステムのように、セキュリティーの問題で、住民の個人情報が侵害される心配がある。これはいまだ解決していないと思うんです。
 

 また、これは、私は5月に総務文教委員会で千葉県の市川市に視察に行きましたけれども、ここはまさに文字どおり電子自治体を推進しているんですね。見るところ、やっぱり全国の最先端でした。拝見するところ、住民の皆さんへ行政情報をもう瞬時に伝えていく、こういう点だとか、また住民の声をリアルに受けとめていく。市長が直接、住民の声をインターネットなりで受けるとか、双方向型の自治体運営に進んでいまして、これはなるほどなあ、これはいいものやなあとか、これから将来はだんだんこんなふうになっていくのかという感心もいたしましたけれども、財源の優先順位の発想ですね、私どもの感覚では、莫大なお金をかけてどれだけの住民に利用していただくのか、還元になるのかという疑問もわいたことを覚えています。
 

 柏原市の情報化についても、ご答弁にありましたように、パソコン等を学校に入れて、年間5,230万円をリース料だけで使っているんですね。私は議場で、特に平成13年3月の教育長の答弁を聞いて、一回また検索機で全部取り寄せて一言一句見せてもらってますし、ほかの答弁も聞かせてもらっているんですけれども、また、ことしの新年の教育長のあいさつでも、IT問題がだあんと出てくるんですね。私の頭に残っているのは、とにかく速く、速くという、LANをつなぎ、光ファイバーにつないで、速いスピードのものを導入せなあかんねんということでおっしゃっていた。しかし、こういうことがどういうような教育効果があるのかというふうに思うんですけれども、教育長、どうでしょうか。
 

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◆18番(桝谷政則君) 8

 

 あのね、趣旨は冒頭にも伺ったわけで、どんな効果が出るんですか、出てるんですかということを聞いたわけですよ。1回目の答弁のときにもあったんですけれども、わかる授業をするためにパソコンを使うんだという話もありますけれども、とにかく今、これまでの文部省路線の中で、学習指導要領等々も、速いテンポ、速いテンポで学習課程が設定されて、もうついていけない。戦後の文部省路線そのものも、とにかく速く、速くでしょう。できる子は、受験制度のもとでどんどん進んでいけるけれども、落ちこぼれる子もおる。どんどん速く、速くで、大学まで直接進めるようにしようという考え方であったり、キャリアをつくっても、キャリアが汚職しておると。高級官僚をつくって、そういうことが今の社会の中でも負の問題になってきているわけですね。今の教育の危機というのも、そういう中で今たどり着いているんですね。
 

 私は、今教育長がおっしゃっている路線を何も否定しているんじゃないんですけれども、ずうっと文部省や文部科学省路線そのものなんだというふうに、延長線だというふうに私は思いますね。職能技術の向上のためというんであれば、それは別にやったらいいんです。社会に出て、職能技術が必要だからというんであれば、これは義務教育の中でなくてもいけるわけですね。そういうことが必要であれば、それは必要としてあるかもわかりません。しかし、特に今日の子どもと教育の危機の現状を見たときに、「速くできて要領がよかった」よりは、「ゆっくり丁寧」という方が、私はやっぱりいいと思うんですね。
 

 もちろん教育の基本は、人類がつくり出してきた知識の総和を年を経ながら学んでいくことにあると思うんです。それは生涯の問題ですけれども、それを早くつかませるための道具が、今まで本であったのが、今度はパソコンに変わりましたんですということで、その道具の一つであることもわかりますし、やめてしまえとか、否定しているのでは決してないんだけれども、私は、やっぱり教育の中での知育、徳育、体育、今こそこのもっとバランスのとれた発達、むしろ人間性の豊かさいうところが、教育の中で本当に補われていかなきゃならんのじゃないかなというふうな思いがいたします。
 

 時代の先端を行っている話なので、私は遠い昔の人の話をかりて少し説明したいんですけれども、中国の紀元前の人で老子、荘子という人がおりまして、孔子や孟子らの儒教と区別して、道家という思想家のグループの方に入るわけですけれども、老子はこういうことも言っているんですね。「持してこれを盈(み)たすは、その己(や)むるに如かず」と。もともと物事には盈欠があり、満ちた月は欠けるのが定めであるのに、人は盈満の状態を持続しようとあくせくする、それならいっそやめた方がいいと、ブッシュさんや為政者、トップの人に聞かせたい言葉ですけれども、これは日本語や日本人の考え方の中にもかなり入っているんですね。「天網恢々疎にして漏らさず」とか「包丁」とか「大同小異」とか、日本の言葉にも定着しています。
 

 荘子がこんな言葉を残しています。「機械ある者は必ず機事あり、機事ある者は必ず機心あり」と。機械があると、その機械を使おうというたくらみが起こる、そして人間の心まで振り回されてしまう。荘子という人は、紀元前300年ごろにいた人なんですけれども、昔の機械ってどんなものやねんと思いますけれども、私は、人類にとっての道具など技術革新の問題と人間疎外というテーマを、荘子はもうその当時に、すごみを持って言い当てていると思うんですね。
 

 私は、道具を開発したり、工夫をしたり、そういう技術革新が人類を発展させてきた、こういうふうに思っています。資本主義が始まったときに、労働者は、我々を苦しめるのは機械だと言って機械をつぶしたというふうなこともあるようですけれども、私らはそんな考えは全くありませんし、技術革新や新しい技術や科学進歩を大いに歓迎するという方ですけれども、この言葉の中には、紀元前の人が言った言葉ですけれども、含蓄のある言葉が含まれていると思います。
 

 また、老子の言葉の中に、「大器晩成」ということの原点の言葉があります。「大方には隅なく、大器は晩成し、大音は奇声、大象は無形なり」と言っています。無限に大きな四角だと角が見えず、大きな器はすぐにはできず、大きな音は耳に入らず、大き過ぎるものは目に入らない。今、老子がおれば、多分パソコンのことを、これは17インチのディスプレーの枠ですけれども、パソコンの枠の中に人は入らない、老子は多分そう言うでしょう。こんな枠の中に人間は入らないんです。私は大器じゃないけれども、一人の人間はこんなところに入らないんです。幾らマイクロソフト社が世界を制覇しても、しかし人間を掌握したり、そんなことはできないんです。人間は多様だから、いろんな人がいます。池波正太郎も、人は黒と白だけじゃないんだと「剣客商売」の中で言ってますけれども、多様なんです。これは一緒なんですね。そういう昔の人が言っていることも、教育上非常に大事なことを言っていると思うので、耳も傾けていただきたい、考えていただきたい。
 

 教育の究極の目標の一つに、人づくりというのがあると思うんですが、これまた荀子の言葉に、私の好きな言葉があります。「青はこれを藍よりとりて、しかも藍より青し」。これは日本では、あの人は師を超えたとかお父さんを超えましたという意味で使われるんですけれども、原典はそうじゃないんですね。一人の人間がオギャーと生まれて、そのときに持って生まれた天性、藍の天性、しかし、本当に教育ということの大切さを言い、もみ砕くように、もみしだくようにしてあの鮮やかな青が出てくるんだと、一人の人間の人生の中での教育の大切さを言っています。
 

 私は、先ほど申しましたように、パソコンだけを目のかたきにして言っているんじゃないんだけれども、大人の世界の問題はそれを活用していいと思うんだけれども、発達期の子どもの問題、脳に与える影響の問題等も心配されている学説もあります。そういうことから、ひとつ一層配慮をして対応していただきたいなと思っております。
 

 あと、少人数学級については、私は、今やるべきは、速く速くじゃなく、少ない人数で丁寧にわかりやすく、そして人間らしさを育ていく、そういう方向へぜひ力を注いでいただきたい。そういう意味で、少人数学級をこの問題の対案としてここへ出させていただきましたので、もう少人数学級については結構です。
 

 後、時間も大分参りましたけれども、図書館行政について伺います。国分の図書館計画が行われているわけですけれども、昨年の12月に市長の方から、大体地主さんと場所も約束ができている、ほぼ800平米ほどの敷地を借りてやっていきたいという話が出たんですね。私は、それはないやろうと、もうそんなんが決まっててぱあんと答弁されて、工夫も考えようもないじゃないかと。今になってインターネットで募集してみたり、いろいろしたとしても、もう枠が限られてしまっているんです。ですから、私は、3月議会のときにも委員会で、その手法の問題を言いました。それは余りにもワンマンじゃないか、もっと民主的な手法がやってくれよと、こういう意味のことを言いました。
 

 そういう点では、今も、やはり図書館としては十分な床面積が必要だと思います。日本図書館協会の方でいただいた資料の中に、図書館の設置と運営に関する数値基準なども示されておりまして、そういう点から言いましても、今の場所、広さなどとの関係で、やはり再検討をしていきながら内容の問題も考えていただくという方向でお願いをしたいと思っています。
 

 私たちは、やっぱりつくるからには、いい図書館をつくりたい、そういう思いでいろんな提案をさせていただいています。こういう声を聞いて取り入れてほしい。もう初めから決まってるんやと、で、ちょっと格好をつけて一応意見は聞きましょうかという手法は、ちょっと困りますよということを申し上げています。
 

 それで、今、国分図書館の問題もあります。それから、今ある図書館の方も出てくるわけですけれども、私は最近、浦安の図書館へ視察に行き、また5月にあった議員のためのセミナーにも参加してきたわけですけれども、セミナーの中で、日本図書館協会の理事長の竹内さんという方がおっしゃっておりました。図書館は本を並べて貸し出すだけでいいのかという問題がある。自立して生きる力を援助することを図書館は目的としているんだ。人が生きるために必要なものを与えるところなので、義務教育と同じに位置づける必要があると。
 

 また、浦安図書館の館長の常世田氏は、図書館が日本を救うと。図書館の中にある人類の知恵を市民が共有すること、その仕事を図書館が助けているんだと。また、昭和女子大学教授の大串氏は、教育の目的の中で、自分で考える力をつけさせなければならないが、本を読まないと、思考力や論理力という物を考える力が身につかないんだと言われています。これからは多量の情報が流れてくる情報社会が到来してくる。そのときに情報を判断できる力、論理、創造力が必要になってくるんだと。で、図書館はまちづくりであり、人づくりである。地域に貢献できる人づくりが求められていると。
 

 ちなみに、浦安市の図書館の実態を紹介しておきますと、20年前の人口6万人のときに中央図書館がつくられたわけでありますけれども、そのときは床面積2,000平米で計画がされました。しかし、当時の市長、ディズニーランドができた当時の市長ですね、3,000平米にしておけと言って、3,000平米になりました。現在はさらに拡張されて5,000平米あります。駐車場は120から130台確保されています。現在は、中央も含めて7館あります。職員さんは41人いらっしゃる中で、司書の資格を持った職員さんが40人。この方々は、奉職している間、図書館で終わります。どこか土木や下水へ回されるということもありませんし、土木や下水から図書館へ回ってくることはありません。
 

 また、学校図書は、平成8年当時で、20校全校に専任の司書職員を配置しました。平成14年度で子どもへの貸出冊数は30万冊もあり、ちなみに公共図書館が貸し出した、市の中の7館全部で貸し出した冊数が35万冊ですから、それに匹敵する数が学校図書館で貸し出されています。柏原市も、図書の検索機を、さっきのパソコンじゃないですけれども、入れたようですけれども、先に学校に人を配置して、専任の司書を配置して、そしてその人たちがその検索機をうまく使って子どもに活用していくということで、後先が逆なんですね。ここは、文部大臣賞をいただきました。ここと恵庭市だそうであります。
 

 また、館長がおっしゃっていましたけれども、本を並べて貸出館になるのか、本とサービスの内容を充実させていく図書館になるのか、今、21世紀に入って大きく分かれてきていると言っています。柏原市も、本を並べて、ただ図書館がありますよと言って、貸し出しは何ぼありますよということだけを追っているだけじゃなしに、もうそれは図書館行政として、21世紀では時代おくれになっておりますよということをおっしゃっていましたが、ぜひそういう例も入れて、ここでもやはり私は、抜本的な図書館行政のその手の問題、手法の問題を言っているんじゃないんですね、大きな転換が必要だということを申し上げておきたいと思っております。
 

 最後になりましたけれども、文化財保護行政についてであります。先ほどもご答弁がありましたように、いろんな文化財が残っています。で、古墳の調査だとか、やっぱり書いたものというのが古文書で残ってきているわけですね。そういう文化財を集約して、柏原市の郷土史としては、本田喜太郎氏が書かれた「堅下村史」が最初だと言われています。また、郷土誌「河内国分」というのがあります。それから、「柏原村史」や「柏原町史」があります。また、「柏原市史」は昭和50年につくられて、その後もいろいろ調査の中で補充されていっている。
 

 しかし、問題は、柏原市史にもう載っていたと思われる古文書が今はないかもわからないという事態なんですね。私は特に最近、調査の対象として立教館を調べているんですけれども、こういう作品集のようなものをつくったわけですけれども、教育委員会にもお願いをしているわけですけれども、何らかの、いわゆる立教館特別企画展を開くなどをして、保存のための強化をお願いしたいと申し上げまして、私の代表質問を終わらせていただきます。最後までご清聴、ありがとうございました。
 

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